2010年10月29日金曜日

分子標的薬(チロシンキナーゼインヒビター)

分子標的薬とは何か

分子標的薬とは、癌細胞の増殖や浸潤などの阻止を目的に、ある特定の分子(遺伝子または遺伝子産物)に対して選択的に作用するように創られた薬剤です。
薬剤について知識のある方は、特定の分子がターゲットになるのはほとんど大部分の薬も同じでは?と思うかもしれません。たしかにそうなのですが、大部分の薬はまず化合物ありきで、例えばこの化合物なら血圧を下げる効果が予想されるので血圧の薬にする、と言った具合に薬を作ります。それに対して分子標的薬はまず標的にする分子ありきで、目的の分子に効果を発揮する化合物をデザインしていきます。これが分子標的薬と呼ばれる所以です。
いくつか種類がありますが、ここではEGFRチロシンキナーゼ阻害剤と呼ばれる薬剤について述べます。

EGFRチロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)

上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor;EGFR)はすべての上皮細胞に存在する受容体型チロシンキナーゼで、それ自体がキナーゼ活性を有し、リガンドの結合により自己リン酸化を行います。
これによりRAS/MAPキナーゼ、PI3キナーゼ/AKT、STAT経路などの複数のシグナル伝達が開始され、細胞増殖やアポトーシスの抑制が生じます。

ゲフィチニブ(イレッサ)とエルロチニブ(タルセバ)はEGFR細胞無い領域のATP結合部位において、ATPと競合し結合することでEGFRチロシンキナーゼ活性化を阻害し、下流の細胞増殖促進経路を抑制します。

EGFR-TKIによる有害事象

1.皮膚毒性
EGFRは正常皮膚にも多く発現しており、多くの患者でEGFR-TKIの使用による皮膚症状が認められます。

2.急性肺障害
急性肺障害・間質性肺炎の発症はゲフィチニブ承認後、日本において社会問題になりました。日本人における発症率は欧米人に比べて高く、発症すると急速に呼吸不全が進行し、致死率が高かったのです。3322例を対象に実施された特別調査「イレッサ錠250プロスペクティブ調査」では
ゲフィチニブによる間質性肺炎は5.8%に認められ、死亡率は2.3%でした。間質性肺炎の発症は致死的な結果に繋がることが多いうえに、生存例においても肺障害の残存のために患者のQOLを阻害することになります。

EGFR遺伝子変異と臨床効果

ゲフィチニブの奏効した非小細胞肺癌症例の腫瘍組織9例中8例にEGFR-TKI部位に遺伝子変異が起こっており、無高齢7例には変異を認めないことが2004年に報告されました。その後わが国においても非小細胞肺癌患者におけるEGFR遺伝子変異が数多く解析され、EGFR遺伝子変異の頻度は東洋人で20~40%、非東洋人では3~12%と人種差があり、また女性、腺癌、非喫煙の非小細胞肺癌患者に高い割合で見られることが示されました。

それまでにも女性、腺癌、非喫煙は臨床上の効果予測因子として経験的に知られていましたが、これはそれを裏付ける結果でした。EGFR遺伝子変異検査は、現在わが国において組織もしくは細胞診検体を用いて可能であり保険適応となっています。EGFR遺伝子変異の存在とゲフィチニブの奏効を検討するプロスペクティブな解析ではEGFR遺伝子変異を有する148例においてゲフィチニブの奏効率は76.4%と非常に高い奏効が認められました。

IPASS試験

初回治療として従来の非小細胞肺癌にたいする標準治療であるプラチナ製剤を含む2剤併用療法の一つであるカルボプラチン+パクリタキセルとゲフィチニブを比較したIPASS(IRESSA Pan Asia Study)試験の結果が2009年9月に報告され、無増悪生存期間(progression free survival;PFS)においてゲフィチニブ群の化学療法群に対する優越性が証明されました。奏効率はゲフィチニブ群43.0%、化学療法群32.2%であり、ゲフィチニブ群で優位に高かったのです。

さらに特筆すべきはEGFR遺伝子変異の状況別に各治療群のPFSを解析した結果です。EGFR遺伝子変異陽性例ではゲフィチニブ群が9.5ヶ月と化学療法群の6.3ヶ月を上回っていたのに対し、変異陰性例では化学療法群が5.5ヶ月であったのに対しゲフィチニブ群では1.5ヶ月と相反する結果が得られたのです。

今後の展望および課題

IPASS試験などの結果を受けて、今後は日常診療でも肺腺癌におけるEGFR遺伝子変異のルーチンでの解析と、その結果による治療方針の選択がなされる可能性があります。現に日本肺癌学会は非小細胞肺癌の治療においてEGFR遺伝子変異が認められた症例では第一選択としてイレッサの使用を検討するよう、治療指針を改定することを発表しました(2010年10月)。

EGFR-TKIに奏効した症例において多くは1年未満で治療抵抗性になることは大きな課題の一つですが、複数の研究においてこういった獲得耐性の分子機構が明らかになりつつあり、耐性克服の可能性を示しています。

2010年10月17日日曜日

糖尿病の初期症状

初期症状には主に次のようなものがあります。
もしかして糖尿病かも……と思っている方はチェックしてみてください。
一般的に下に行くほど重症な症状になります。

  • 口渇:喉や口の中が異常に乾くこと。血糖値が高くなると血管は周りの組織から水分を吸いとって血液を薄めようとする性質があります。このため血液外の水分が減って、身体は水分が必要であるというサインを送ります。これが口渇です。
  • 多尿:尿の回数や量が増えること。血糖値が高いと上記の理由で血管内の水分が増え、血流量が増えます。このため腎臓を通る血液が増え、それが尿になるためです。脱水の原因になります。
  • 身体がだるい:通常はインスリンが血糖をエネルギーに変えるため、血糖値は正常に保たれます。したがって血糖値が高いということは血糖をエネルギーとしてうまく利用できていないことを指します。このため身体がだるく感じます。
  • 何もしてないのに痩せる:上記のように糖尿病では糖分をエネルギーとしてうまく利用できません。すると身体は脂肪やタンパク質を分解することで代わりのエネルギーを得ようとします。このため脂肪や筋肉が無くなってきます。
以上は比較的初期に出てくる症状で、血糖値が高いことによる症状ですので血糖値が下がれば治ります。
それに対して以下の症状は血糖値が高い状態が数年続いた時に出てくる慢性合併症の症状です。
もしこれらの症状があればかなり進行した状態である可能性があります。

  • 手足がしびれる:血糖が高いと糖分は全身の細かい血管や神経を傷つけます。手足には細かい神経が集まっているので障害を受けることになります。三大合併症の一つ、神経障害です。
  • 視力が落ちた:同じく目には細かい血管が集まっています。このため目に障害を受け、見えにくくなります。三大合併症の一つ、網膜症です。
  • インポテンツ:陰茎にも細かい血管があります。このため勃起障害が起こります。
  • 身体がむくむ:腎臓にもやはり細かい血管がたくさんあります。腎臓は体内の水分を調節する機能があるため、これが障害されると身体がむくむなどの症状が出てきます。三大合併症の一つ、腎障害の症状です。

2010年10月3日日曜日

糖尿病について良く知ってください

知識を深め、病気を理解することは糖尿病治療においてとても大事なことです。漫然と医師に言われるままに薬を飲んでいるだけでは理想の治療であるとは言えません。



孫子の兵法に「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」とあります。敵のことと自分のことをよく研究して戦いに挑めば負けることなどないといった意味です。

私は病気と闘うという表現は糖尿病においてはあまり相応しくないと考えていますが、うまく付き合っていく上でも相手と自分のことをよく知るのは大事なことだと思います。



ここでは主に2型糖尿病について扱っていますが、厳密には糖尿病は大きくわけて以下の4種類に分類出来ます。



  • 1型糖尿病:なんらかの原因で膵臓の機能が失われ、インスリンが分泌されなくなる疾患です。
  • 2型糖尿病:ここで主に扱っている疾患です。糖尿病全体のうちほとんどはこれに当たります。
  • 妊娠糖尿病:妊娠によってホルモンのバランスなどが変化することで発症する疾患です。
  • その他特定の機序、疾患によるもの:他の疾患(膵臓腫瘍など)から二次的に起こるものや、他の疾患のために服用した薬(喘息治療のためのステロイドなど)の副作用によるものなどがあります。



インスリンという言葉は聞いたことがあるという方も多いかと思います。インスリンとはもともと人間の体内に存在するホルモンの一種であり、糖尿病治療における非常に有効な薬であり、糖尿病を理解するための重要なキーワードです。ここではインスリンが体内でどのような働きをするかを主に述べます。薬としてのインスリンについてはまた別の機会に。

インスリンは膵臓という臓器から分泌されます。主な作用は糖の代謝、タンパク質の合成、脂肪の合成などです。厳密には他にもたくさんの作用がありますが、ここでは糖の代謝だけ覚えてください。糖の代謝とはすなわち血糖をエネルギーに変換し、血糖を下げるということです。

人間の身体は非常によく出来ています。体温が常に一定に保たれているように、血糖も本来一定に保たれています。それは膵臓が血糖値を感知し、高い時にはインスリンを分泌を増やし、低い時にはインスリンの分泌を減らすことで常に調節しているからです。

したがって血糖値が上がるような生活習慣を続ければ血糖値を下げようとして膵臓に負担がかかることになります。ちょっとぐらいの血糖上昇は膵臓の機能がカバーしてくれますが、それがずっと続き、膵臓の負担が限界に達したときに糖尿病が発症するのです。

糖尿病の原因は様々ですが、主に生活習慣の乱れ、過食、運動不足、ストレス、遺伝などが挙げられます。前述したように、糖尿病という病気の本質は、血糖値の上昇が膵臓機能でカバーできる限界を上回ったということです。


  • 過食→不必要な糖分を取りすぎると、それを処理するためにインスリンが必要になり膵臓に負担がかかります。
  • 運動不足→運動によって消費されるカロリーが少なくなるため、やはり糖分を処理するために膵臓に負担がかかることになります。また運動不足だと筋肉などの組織でインスリンが効きにくくなるため、より多くのインスリンが必要になり、さらに膵臓の負担が増すことになります。
  • ストレス→ストレスによって分泌されるホルモンの中にはインスリンと全く逆の作用(血糖値を上げる作用)を持つものがあります。これに対抗するためにやはり膵臓に負担がかかることになります。
  • 遺伝→ある種の遺伝子があると糖尿病になり易いことがわかってきています。親兄弟に糖尿病の方がいる場合はご本人も糖尿病になる可能性が高いという統計もあります。
こうして見ると遺伝的な原因もありますが、多くは生活習慣によるものだということがわかります。生活習慣病と呼ばれる所以です。

また、とにかく膵臓に負担がかかりすぎていることに注目してください。1日や2日、あるいは1ヶ月、2ヶ月の生活習慣の乱れでも糖尿病が発症することはありません。それぐらい膵臓の機能は強いのです。しかし何ヶ月も何年も乱れた生活習慣を続けていると膵臓は疲弊し、ついには高血糖を抑えられなくなって糖尿病を発症することになります。